前回に引き続き、今回のテーマは「証券トレーダーという職業」です。
筆者は大手証券会社で8年間、株式オプショントレーダーとして働いていました。第二回となるこの記事ではさらに踏み込み、証券会社のトレーダーがどんな仕事をしているのか、そしてどのくらいの収入を得ているのかについて、実体験に基づいてお伝えします。
この記事を読むと
・マーケットメイク業務とは何なのか分かる
・証券トレーダーの仕事の流れや必要なスキルがわかる
・大手証券トレーダーの年収水準が分かる
Contents
前回の振り返り
前回の記事では、様々な種類のトレーダーとその違いについて解説しました。直接この記事に来てしまった方はぜひお読みください。
▼ 前回の記事
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証券トレーダーという職業① いろいろなトレーダーの違いを解説
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「証券会社の『トレーダー』って実際どんな仕事?」 そう思って検索しても、正確な情報にたどり着くのは意外と難しいものです。 筆者は大手証券会社で8年間、株式オプショントレーダーとして働いていました。現場 ...
トレーダーの主な仕事:マーケットメイクとは
前回の記事でも解説したとおり、証券会社のトレーダーの主な業務は、「マーケットメイク」です。簡単に言えば、「市場の値付け役」として、ある商品や銘柄の売買注文を常に提示し、市場に流動性を供給する役割を担っています。
BidとAsk
マーケットメイク(Market Making)は、以下の2つのプライスを提示する仕事です。
Bid(買値)を提示:投資家が売りたいときに買ってあげる価格
Offer(売値)を提示:投資家が買いたいときに売ってあげる価格
OfferはAskとも呼ばれます。この価格の差をスプレッドといい、マーケットメイカーの主な収益源となります。
これは金融機関が自己資金で行う取引(自己勘定取引=プリンシパルトレーディング)であり、一般投資家の売買とは異なる性質を持っています。
例えばFX業者は代表的なマーケットメイカーの一つです。FXには取引所がないため、FX業者のBid/Askの価格でトレードする必要があります。
具体例 トヨタ株のマーケットメイク
例えば、ある証券会社の現物株トレーダーがトヨタ自動車株(7203.T)のマーケットメイカーである場合、以下のようなプライスを提示します。
プライス | 数量 | 意味 |
2,500円 bid | 500,000株 | トレーダーは2,500円で500,000株買う意思がある |
2,510円 offer | 500,000株 | トレーダーは2,510円で500,000株売る意思がある |
このスプレッド(2,510円-2,500円=10円)がトレーダーの潜在的な利益源です。500,000株であれば、10円×50万株で最大500万円のスプレッド収益を狙える計算になります。
個別株には板があるため、わざわざトレーダーがプライスを提示する必要はないように思えますが、上記のような大口注文(12.5億円!)を板でスムーズに売り買いするのは大変難しいため、大口マーケットメイクが必要になります。
一方で、板にはすでにHFTなどの高速マーケットメイクアルゴが常に板を提示し続けているため、証券会社のトレーダーが手動で板のマーケットメイクを行うことはほとんどありません。
マーケットメイクの流れ
①プライシングリクエスト(RFQ -Request For Quote-)
セールスは自身の担当顧客から~のプライスを提示してほしい、とリクエストを受け、自己勘定トレーダーにリクエストを送ってきます。
②プライスの提示
トレーダーはマーケットの動向や他の顧客、ライバル業者のポジショニングなど様々な条件を考慮しながら、その時点で最も適切と考える価格をセールスに返します。顧客が売りたいのか買いたいのか、については通常伏せられていることが多いため、bidとofferの両方を提示します。(two-way priceといいます)
マーケットメイクの魔術師
bidとofferが離れているほど(スプレッドが広いほど)収益は高いのですが、顧客は他の業者にもプライスを聞いていることが多いため、あまりスプレッドを広げすぎると他社に注文をとられてしまいます。
上手なマーケットメイカーは、自身の収益性と他社との競争力のバランスがとれた絶妙なプライスをいつも提示し続け、常に顧客フローを抱えながら収益を残すことができます。
③注文の約定(やくじょう)
顧客がプライスに満足すれば、売りか買いのどちらかでトレードが成立(約定)します。このとき、マーケットメイカーは顧客の相手方として逆のポジションをとります。
④ポジションの管理
たまたまマーケットメイカー自身が取りたいと思ったポジションをトレードできることは稀です。リスク管理上無理のない範囲に抑えるため、様々な手段でリスク管理(ヘッジ)を行います。ポジションに自信があるときは何もしない場合ももちろんあります。
ヘッジの手段としては、時間をかけながら板に注文を流す、連動商品(個別株に対して先物など)をトレードする、反対顧客をセールスに探してもらう、などがあります。
マーケットメイクの社会的意義
マーケットメイク業務には市場の安定性を向上させる以下のような社会的意義があります。
・市場の流動性向上
売りたいとき、買いたいときにすぐ取引できる市場を形成する
・価格発見機能の補助
売り買い両方向の価格を提示することで、公正な(fairな)市場価格の形成を助ける
・市場の安定性維持
プライス提示やポジション管理を通して継続的に市場に参加することで、過度な値動きを抑え、市場の安定性が保たれる
個人トレーダーの社会的意義
実は、上記の3点は個人トレーダーの社会的意義と同じです。リスクをとって市場に参加する行為はマーケットの流動性を高め、金融市場の機能を活性化します。マーケットメイカーはより積極的に価格を提示しているにすぎないのです。
トレードはギャンブルと同じなどと揶揄されることもありますが、十分に誇れる仕事であり、背負うリスクや苦悩に見合う報酬が得られる世界だと思います。
1日のスケジュール:株式トレーダーの場合
筆者の経験をもとに、株式トレーダーの1日の具体的なスケジュールを紹介します。
出勤~市場オープン前の準備(~9:00)
午前7:00~8:00ごろに出社するトレーダーが多いです。出社後、海外セールスを交えた早朝ミーティングが開かれ、NY市場の顧客動向などを頭に入れながら、当日に何を顧客にアプローチするか、トレーダーはどのようなポジションをとりたいと思っているか、などを共有し、1日の取引に備えます。
デスクでツールを立ち上げ、情報取集をします。ほぼ全員の端末にBloomberg社のアカウントが登録されており、あらゆるニュースをスピーディーに入手できます。人によっては通勤前や途中に日経新聞を読みますが、筆者は必要性を感じなくなったので購読すら辞めました。
寄り前に発注が必要だと判断した場合は、専用ツールを使ってオーダーを入れていきます。
場中(9:00~15:30)
顧客からのプライスリクエストは基本的に場中にやってきます。意外かもしれませんが、寄り直後の30分間は相場の方向性が定まっていないため、静かなことが多いです。10:00ごろからプライスリクエストが活発化し、トレーディングフロア全体がざわざわしてきます。
プライスリクエストを受けていない時間帯は基本的に待ちです。マーケットメイカーは「待つ仕事」とも言われます。もちろんポジションは何かしら常に抱えているため、マーケットの動きに合わせてポジション調整を随時行います。
プライスの提示を求められていなくとも、自分でポジションをとりたいと思ったときには、個人トレーダーなどと同様にトレードを行います。人によってはデイトレやスキャルピング的な売買も採用するようですが、顧客からのプライシングリクエストが来たときは最優先で対応しなければならないため、画面に集中して張り付くようなスタイルは筆者には合いませんでした。
ランチ(11:30~12:30)
前場引け11:30~後場寄り12:30の間1時間がランチタイムです。顧客のリクエストは大きく減りますが、ゼロにはならないため、全員でデスクを離れるわけにはいきません。多くのトレーダーはデリバリーを注文したり、10分ほどでお弁当を調達してきたりで、すぐにデスクに戻ります。
大引け後(15:30~)
マーケットが引けた後も顧客注文が来る場合がありますが、基本的にはゼロになります。日経先物・オプションなど、インデックス関連商品を担当している場合は、夜間取引が始まる17:00ごろに少しだけリクエストが活発化することがあります。
引け後に最も重要な作業は、当日のトレードを全て取引ツールに記録し、損益と持ち越しリスクをマネージャーに報告することです。社内のリスク管理ツールやメールを通して行います。オプションを内包した仕組債など複雑な商品の場合、ツールに正しく記録しないと計算エラーを起こすことがあり、オプショントレーダーはこの報告作業に何時間もかかってしまうことがあったりします。
トレーディングフロアの雰囲気は一気にまろやかになります。社内のミーティングはこの時間帯に開催されることが多いです。収支報告を終えたトレーダーは、当日の振り返りや翌日のプラニングを行い、それぞれ必要な作業をこなします。18:00〜19:00ごろには、ほとんどの人が帰宅しています。
求められるスキル
証券トレーダーに必要なスキルとしてよく言われているのは下記の通りです。
・地頭の良さ
・数的感覚(計算が早い)
・コミュニケーション力
・ストレス耐性
・好奇心
地頭や数的感覚が優れた人物≒高学歴の理系という連想のためか、日本における大手証券トレーダーは東京大学や東工大、早慶の理系学部出身という人物が非常に多いです。特に採用に人手をあまりかけることができない外資系では、このような「学歴フィルター」が非常に顕著になります。
コミュニケーション力は意外かもしれませんが、トレーディングの仕事はセールスとの共同作業によって成り立っています。「黙々と画面に張り付いている」というイメージを持たれがちですが、実際は多くの時間をコミュニケーションに費やすことになる職業です。一般的なイメージとは裏腹に、一人で一日中黙々と作業したい人にはあまり向いていません。
ストレス耐性に関しては、マーケットに向き合うから、という意味ももちろん大きいですが、コミュニケーションが重要な仕事なので、人間関係に起因するストレスもかなり多くの割合を占めており、その多くにうまく対処するメンタルが必要です。
好奇心とは、マーケットに対する興味を失わず、常にトレードやビジネスのすき間がないか探し続ける資質を指しています。マーケットは常に変化しており、トレーダーが変化や成長をやめた瞬間に、変化についていけずに置いてけぼりになってしまうリスクがあります。そのとき流行していた商品のマーケットメイクで大儲けできても、数年後には誰も興味を持ってくれなくなるかもしれません。常にアンテナを張り、新しいことに挑戦する気概が求められます。
収入について
ここが最も気になる方も多いと思います。きちんと順を追って解説します。
給与の構成
「歩合制なんでしょ?」とよく聞かれますが、それはプロップファームの評価方法であることがほとんどで、大手証券トレーダーはより総合的な(悪く言えばウェットな)視点で仕事の功績を評価されます。プロップファームに関しては前回の記事を参照ください。
多くの会社で、給与は基本給+年一回の業績連動ボーナスという構成になっていることが多く、年次が上がるほどボーナスの比率が劇的に高まってきます。したがって、ボーナスがどのように査定されるかが、トレーダーの収入を大きく左右することになります。
特に外資系証券では、より明確な個人成績主義や歩合的要素が強くなります。一方で、稼げない年が発生するとすぐに首を切られるようなことも多いです。
ボーナス
ボーナスの査定基準は会社によってまちまちですが、やはりトレーダーなので、「稼いだ金額」がその大部分を占めているというのはどの会社でも間違いないでしょう。一部では、本人が担当したブック(トレーディング帳簿)損益の何%、と具体的な歩合が導入されているケースもあるようですが、多くのパターンとしては、
ボーナス = 本人の稼ぎ × 肩書 × ビジネスに対する貢献度 × 会社の業績
という構図になっていると考えられます。
本人の稼ぎと肩書、会社の業績は分かりやすいと思います。一番疑問の余地があるのは、ビジネスに対する貢献度をどのように測定するか、ということで、この世界の「ドロドロ」が詰まっています。
例えば、現在はあまり収益が得られていないが長期的に利益が出るビジネスラインを構築した、新規顧客をお得意様にした、様々な部署と協力して巨大なディールを引き受けた、などが分かりやすい例ですが、部長や課長など役職がある場合は、部下の成績にも影響を受けます。
総じて、上席からの評価が高い人物であるほど、ボーナスは上がりやすいといえます。極端な例ですが、本人の稼ぎが年度マイナスでもボーナスが出る、というパターンも存在します。
メダル集めと社内政治ゲーム
具体的にいくらなの?
いいから早く金額を教えろという声が聞こえてきそうです。
さすがに筆者自身が受け取った金額をそのまま記載することはできないため、ここでは一般的にこれくらいだろう、と業界内で言われている年収金額を例示します。肩書(コーポレートタイトル)ごとに幅が変わってくるため、一般的な肩書とともに表でまとめてみました。
アナリスト(AN) 新人 | アソシエイト(AS) 係長クラス | ヴァイス・プレジデント(VP) 課長クラス | エグゼクティブ・ディレクター(ED) 課長クラス | マネージング・ディレクター(MD) 部長クラス |
500万円~900万円 | 800万円~1,500万円 | 1,000万円~3,000万円 | 2,000万円~5,000万円 | 3,000万円~1億円(数億円に達することも) |
国内系か外資系でも大きく異なりますし(外資系は国内系より高い)、1億円稼ぐVPなども存在すると思われるため、本当にあくまで参考程度でお願いします。
平均年収の高い職業としては医者やパイロットが有名ですが、証券トレーダーの年収は非常に幅も広く、圧倒的であることが分かると思います。もちろん上記は「平均」ではないため注意が必要ですが、金銭的に夢がある職業であることは間違いありません。
"マイケル・ルイス(著)ライアーズ・ポーカー"という書籍に、証券会社であるソロモン・ブラザーズに勤務していた著者が巨額のボーナスを受け取るシーンがあります。とても古い時代の話ですが、おそらく業界の慣習や雰囲気は当時とあまり変わっていないと思います。金融に詳しくない方でも面白く読める本なのでとてもおすすめです。この本を読んで証券トレーダーを志したという人もたくさんいます。
ウォール街のハチャメチャな真実を知る
やりがいと厳しさ、経験してよかったこと
仕事のやりがい
トレーダーのやりがいとしては、即座に結果が出る、具体的な数字を稼ぐことの達成感が大きい、といったものがあります。
また、セールスと一緒にいろいろ考え、大きなディールを引き受け、上手にヘッジして収益を残すことができたときは、みんなで「イェーイ!」と手を叩きあうようなチームワークの達成感も忘れてはならない部分です。
筆者もトレーディングの仕事自体は大好きで、会社員という枠の中で最も楽しい職業だとすら思っています。こんなにも自分の考えを即座に行動に移して大きな結果を得られる自由な仕事はなかなかないと思います。
厳しさ
一方で、自由は責任を伴います。トレーダーはお金を稼ぐことを直接的に期待される仕事です。肩書が上がるほど年収はうなぎ登りですが、同時に収益に対するプレッシャーも跳ね上がってきます。課長や部長としてチームを率いるようになると、自分だけでなく部下の成績に対する責任も負うことになってきます。
自由に魅力を感じるか、大きなプレッシャーを負担に思うかは人それぞれです。トレーダーは向き不向きがはっきりしているため、筆者にとっては楽しい仕事でも、誰にでもおすすめできるわけではありません。
証券トレーダーから個人トレーダーになってよかったこと
詳しくはプロフィールに記載しましたが、筆者は在宅勤務が認められない、会社とのズレ、体調不良がきっかけで退職し、個人トレーダーになることを決意しました。
▼ 筆者の詳しいプロフィール
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運営者プロフィール:就職から不動産FIRE、個人トレーダーになるまで
2025/6/17
基本情報 簡単なプロフィール 名前:Mewcle(みゅーくる) 30代、個人投資家/資産管理法人オーナーとして、不動産と株トレードで生計を立てています。 大手証券会社で株トレーダーとして働きながら20 ...
証券トレーダーを経験してから個人トレーダーになったことは、次のような多くのメリットがありました。
証券トレーダーを経験してよかったこと
・毎日半強制的にマーケットを監視することで、実戦的な感覚が養われた
・プロ向けのリスク管理ツールでポジションをコントロールするスキルが身についた
・マーケットメイクの仕組みや大口顧客の注文方法など、マーケットの裏側への深い理解
・ブルームバーグ端末や自社トレーディングツールなど個人では触ることが難しい高品質なシステムを使用できた
・給与水準が非常に高いため、FIREするための資金を貯めやすかった(生々しいですが本当です)
この中で一番重要だと思うのは、「マーケットの裏側への深い理解」です。
「証券会社が売り仕掛けをしている」「個人投資家をだまそうとしている」などコメントする方をたまに見かけますし、筆者も証券トレーダーを経験していなければ、「そうかもしれない…」と思ってしまったかもしれません。実際は誰か(特に個人投資家)を食い物にしようとしてオーダーを出すようなことはありませんし、できなくはないとしても時間と労力の無駄であることがほとんどです。
"証券会社には特別な秘密や後ろめたい戦略などない"
ということを知ることができたのはとても大きな学びだったと思います。個人トレーダーとして、自己責任を心の底から受け入れる助けとなったのです。
(もちろん顧客情報は絶対に漏洩できないので秘密です。また、インサイダー取引で業務改善命令を出される会社もあったりしますが、さすがにそういった市場に対する冒涜行為を擁護することはできません。)
まとめ
とても長くなりましたが、なかなか表には出てこない濃い情報を提供できたのではないかと思います。
証券トレーダーという職業は、華やかで高収入なイメージを持たれがちですが、実際はプレッシャーとストレスの連続でもあります。常に数字で評価され、ほんの一瞬の判断ミスが命取りになる世界。日々の努力と強いメンタルが求められますが、やりがいも大きな仕事です。
証券トレーダーの全体的な解説は以上となりますが、次の記事では、筆者が就活生からよく受けていた質問を中心に、Q&Aという形で細かい点を解説していきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
▼ 続きの記事
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